ひとおもい

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ハルヒおもしろかったー 感想とか

涼宮ハルヒの消失:
見てきた。
空いてた。さすが2月9日の13時。梅田ブルク。
ウィスキーというか、サイダーを気が抜ける前に飲みたいので、飲酒乱文ご容赦。

さすがの一言。めっちゃおもしろかった。
なんか最後の展開的に昔のドラえもんの映画とか思い出した。
エンドレスエイトアニメにもちゃんと意味があったんですね。そりゃそうなるわ・・・

なんだかなー
大阪在住だから、大阪というか神戸のロケがされているのはすごくうれしいと言うか面白いんだけど、
なんか現実感を強化されてちょっと鼻白んだ気がする。
登場人物はみんなファンタジーなのに、背景だけ妙に現実的。
何なんだこの奇妙な感じは。なぜ現実に近づける。
まあ現実から非現実・非常識にむりやり引っ張られたキョンに感情移入するには有効な道具だと思う。
舞台は現実、登場人物は非現実。この対比はけっこう分かりやすいし、斬新だ。

キョンが自分で言うように、それまでキョンはSOS団の傍観者であった。
それは視聴者にも共通する。視聴者は傍観者たるキョンを通して、SOS団を傍観していたわけだ。
なぜなら、もちろんキョンの一人語りという形式をとって物語が進んでいくことも理由の一つだが、「徹底的にリアルな背景描写」がそれを助長しているように感じる。
「視聴者」という主語が大きすぎるのなら、少なくとも俺はそうであった。傍観者であった。
そこにこの作品に対する「感情移入ポイント」があったのだ。

だがキョンは「消失」で主人公になった。自身の内面を視聴者にさらけ出してしまった。
バス停でキョンがハルヒを待つシーンで特にそう感じた。
そしてどちらかと言うと、今回の映画でも観客はSOS団、もしくはキョンの行動の傍観者って感じがしたんだよな。
このずれは大きな転換である。
我々は、これから誰に感情移入すればいいのか。どのように「涼宮ハルヒシリーズ」に没頭していけばいいのだろうか。

この作品が十分に魅力的ということは間違いない。
作画は申し分ないし、脚本も良いストーリーになっていると思う。
しかし、一歩引いている自分がいるのは何故だ。これを年齢のせいにするには、まだ考察が足りないだろう。

あと、なんだあの異次元エレベーター。「ねじれている?」


あれーなんかまとまらないな。
書きかけということで、今度きちっとまとめてみよう。
主に背景描写と内面描写ってのに照準を合わせて。
長門萌えを全開にした映画ってのは確定的に明らかなので今更言及する必要もあるまい。
一緒に行った友達とも「エンターは押さない」で満場一致したことだし。
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by konnkounohoukou | 2010-02-10 02:02 | Comments(0)